たが、やがて何か考えが浮んだように、俄《にわか》にニコニコとして、こう申しました。
「ええ。畏《かしこま》りました。だが、この寒空《さむぞら》にこの土地で梨の実を手に入れる事は出来ません。併《しか》し、わたくしは今梨の実の沢山になっているところを知っています。それは」
と空を指さしまして、
「あの天国のお庭でございます。ああ、これから天国のお庭の梨の実を盗んで参りますから、どうぞお目留められて御一覧を願います。」
爺さんはそう言いながら、側《そば》に置いてある箱から長い綱の大きな玉になったのを取り出しました。それから、その玉をほどくと、綱の一つの端《はじ》を持って、それを勢《いきおい》よく空へ投げ上げました。
すると、投げ上げた網の上の方で鉤《かぎ》か何かに引っかかりでもしたように、もう下へ降りて来ないのです。それどころではありません。爺さんが綱の玉を段々にほごすと、綱はするするするするとだんだん空の方へ、手《た》ぐられでもするように、上がって行くのです。とうとう綱の先の方は、雲の中へ隠れて、見えなくなってしまいました。
もうあといくらも綱が手許《てもと》に残っていなくなると、爺さんはいきなりそれで子供の体《からだ》を縛《しば》りつけました。
そして、こう言いました。
「坊主。行って来い。俺《おれ》が行くと好《い》いのだが、俺はちと重過ぎる。ちっとの間《ま》の辛抱だ。行って来い。行って梨の実を盗んで来い。」
すると、子供が泣きながら、こう言いました。
「お爺さん。御免よ。若《も》し綱が切れて高い所から落っこちると、あたい死んじまうよ。よう。後生だから勘弁してお呉れよ。」
いくら子供がこう言っても、爺さんは聞きませんでした。そうして、唯《ただ》早くしろ早くしろと子供をせッつくばかりでした。
子供は為方《しかた》なしに、泣く泣く空から下がっている綱を猿のように登り始めました。子供の姿は段々高くなると一緒に段々小さくなりました。とうとう雲の中に隠れてしまいました。
みんなは口を明いて、呆《あき》れたように空の方を見ていました。
そうすると、やがて不意に、大きな梨の実が落ちて来ました。それはそれは今までに見た事もないような大きな梨の実でした。西瓜《すいか》ぐらい大きな梨の実でした。
すると、爺さんはニコニコしながら、それを拾って、自分の直《す》ぐ側《そば
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