》いているが、如何《どう》しても口が利けないし、声も出ないのだ、ただ女の膝《ひざ》、鼠地《ねずみじ》の縞物《しまもの》で、お召縮緬《めしちりめん》の着物と紫色の帯と、これだけが見えるばかり、そして恰《あだか》も上から何か重い物に、圧《おさ》え付けられるような具合に、何ともいえぬ苦しみだ、私は強《し》いて心を落着《おちつ》けて、耳を澄《すま》して考えてみると、時は既に真夜半《まよなか》のことであるから、四隣《あたり》はシーンとしているので、益々《ますます》物凄い、私は最早《もはや》苦しさと、恐ろしさとに堪《た》えかねて、跳起《はねお》きようとしたが、躯《からだ》一躰《いったい》が嘛痺《しび》れたようになって、起きる力も出ない、丁度《ちょうど》十五分ばかりの間《あいだ》というものは、この苦しい切無《せつな》い思《おもい》をつづけて、やがて吻《ほっ》という息を吐《つ》いてみると、蘇生《よみがえ》った様に躯《からだ》が楽になって、女も何時《いつ》しか、もう其処《そこ》には居なかった、洋燈《ランプ》も矢張《やはり》もとの如く点《つ》いていて、本が枕許《まくらもと》にあるばかりだ。私はその時に不図《ふと》気付いて、この積んであった本が或《あるい》は自分の眼に、女の姿と見えたのではないかと多少解決がついたので、格別にそれを気にも留めず、翌晩は寝る時に、本は一切《いっせつ》片附けて枕許《まくらもと》には何も置かずに床《とこ》に入った、ところが、やがて昨晩《ゆうべ》と、殆《ほと》んど同じくらいな刻限になると、今度は突然胸元が重苦しく圧《お》されるようになったので、不図《ふと》また眼を開けて見ると、再度《にど》吃驚《びっくり》したというのは、仰向きに寝ていた私の胸先に、着物も帯も昨夜《ゆうべ》見たと変らない女が、ムッと馬乗《うまのり》に跨《また》がっているのだ、私はその時にも、矢張《やっぱり》その女を払い除《の》ける勇気が出ないので、苦しみながらに眼を無理に※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、女の顔を見てやろうとしたが、矢張《やっぱり》お召縮緬《めしちりめん》の痩躯《やせぎす》な膝《ひざ》と、紫の帯とが見ゆるばかりで、如何《どう》しても頭が枕から上らないから、それから上は何にも解らない、しかもその苦しさ切無《せつな》さといったら、昨夜《ゆうべ》にも増して一層《いっそ
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