されぬのであった。
秋には近いがまだ却々《なかなか》に暑かった。奥二階で駒越左内奥野俊良の二人と、朝日川の鮎《あゆ》を肴《さかな》に散々酒を過した金三郎。独り離れの隠居所にと戻った。蚊いぶしの煙が早や衰えていた。
ここへ母親お幸に突きやられて、娘のお綾が蚊帳を吊りに来た。
「おう、お綾。蚊帳を今から吊られては暑苦しゅうてどうもならぬ。まァまァそれよりも話して行ったが好い。今宵は又しても風が少しも無い。眠うなるまではここにいて、相手してくれやらぬか」
「はい」
逃げ出そうとすれば庭木戸の傍に母親が隠れて頑張っている筈。それを突破して逃げる程のそれだけの勇気も出せぬので、お綾は縁側に手を支《つ》いたまま、モジモジして控えるのであった。
「まァ、何をその様に遠慮しているのじゃ。拙者は近く御当家に御召抱えと相成る身。さすれば早速又家内を迎えねば相成らぬで、それには誰彼と云おうより、お前に来て貰いたい真実の心」
「あれ、勿体ない。宿屋風情の娘が、御身分の御方様に……」
「いやいや、それは仮親を立てる法もある。まァその様な事を申さずと、嫁入り支度に就て、もっとも打解けて語り合おうではないか。
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