うが、先ず第一に、その方に預けて置く品がある。さァ、駒越氏、例のをこれへ」
色の黒い駒越という浪人が、早速そこへ投出したのは、皮の腹巻のまま、ズシンと響く小判百枚。
九兵衛は意外に驚いた。これでは懐中欠乏とは嘘であった。同じ嘘でも、有ると云って無いのと、無いと云ってあるのとでは、大変な相違。
「へえ――。こんなにお持合せで……」
「いや、未だ他に二三百両は所持致す。けれども、なかなかこの先の物入が大変と存ずるので……ま、とにかくその百両だけは預かって置け」
「へえ――」
「まだ他に一品…………さァ金三郎様、ちょっと拝見の儀を……」
若侍は鷹揚《おうよう》に二ツ割の青竹の筒を出した。それを開くと中から錦の袋が出た。その袋の中からは普通の脇差《わきざし》が一口《ひとふり》。
「さァ、拝見致せ」
錦の袋では脅かされたが、中から出たのは蝋色《ろういろ》朱磯草研出《しゅいそくさとぎだ》しの鞘《さや》。山坂吉兵衛《やまさかきちべえ》の小透《こすか》し鍔《つば》。鮫皮《さめかわ》に萌黄糸《もえぎいと》の大菱巻《おおひしまき》の※[#「木+霸」、第3水準1−86−28]《つか》、そこまでは平凡だが、中身を見るまでもない。目貫が銀の輪蝶《りんちょう》。擬《まが》いも無い池田家の定紋。
これを備前太守池田新太郎少将光政の差料としてははなはだ粗末な様ではあるが、奢侈《しゃし》嫌い、諸事御倹約の殿の事であるから、却って金銀を鏤《ちりば》めたのから見ると本物という事が点頭《うなずか》れるけれども、これは時として臣下に拝領を許される例もあるので、強《あなが》ち殿様の御差料とのみは断じられぬが、こうして大事そうに持っている上からは、何かこれは因縁があるに相違無いと考えて、中身を抜いて見るどころではなく押頂いてそれを返した。
「恐れ多い儀で御座りまする」
「遠慮とあればそのままで好いが、中身は当国|長船《おさふね》の住人初代|長光《ながみつ》の作じゃ」
「へえ――」
「これを御所蔵のこの御方は、仮に小笠原《おがさわら》の苗字を名乗らせ給えど、実は新太郎少将光政公の御胤《おんたね》、金三郎《きんざぶろう》様と申上げるのじゃ。改めてその方に御目通りゆるされるぞ」
「うへえ――」
半田屋九兵衛思わず畳へ額をすり付けた。
「いや、そんなに恐れ入るのはまだ早い。その様に仔細も承わらず恐れ入っては、この先の御用にも差支える。一応事情は申し述べる。その上にて、その方、金三郎様の御宿を致すのが迷惑と存ずるなら、遠慮なく申出でよ。早速我等は他に転宿致す。東中島の児島屋勘八、あの店の方が居心が好いように思われるで」
「どう致しまして、まず、まず」
三
浪人小笠原金三郎、同じく駒越|左内《さない》、医師|奥野《おくの》俊良、これだけが半田屋九兵衛方に当分宿泊となった。主人はもう有頂天で、三人を福の神扱いにした歓待ぶり。別して金三郎には、離れの隠居所を寝室に宛てがって、一人娘のお綾《あや》が侍女代りに付き切りであった。
「大変な事になって来た。今に九兵衛は帯刀御免、御褒美の金はどれくらいであろうか。イヤ一時に千両二千両頂くよりも、何か物産一手捌きの御役目でも仰せつけられた方が、得分が多かろうで」とまるで夢中。
「まァ一体、どうした事で御座りまする」
妻のお幸《こう》は煙に巻かれてばかりはいなかった。
「他聞は憚る一大事じゃが、しかし女房は一心同体。おぬしにだけなら話しても好かろう。これ、びっくりしてはならぬぞ。隠居所の御客人はアレこそ当国の太守、少将様の御落胤、奥方様御付きの御腰元|鶴江《つるえ》というのに御手が付いて、どうやら妊娠と心づき、目立たぬ間にと御暇《おいとま》を賜わった。そこで鶴江殿は産れ故郷の播州《ばんしゅう》姫路《ひめじ》に立帰り、そのまま縁付いたのが本多家の御家来小笠原|兵右衛門《ひょうえもん》。この人は余程お人好しと見えて、何も知らずに鶴江殿を嫁に貰ったのか、但しは万事心得ていて、それを知らぬ顔でいたのかそこまでは聴かなんだが、何しろそこで産声を挙げられたのが金三郎様じゃ。その後小笠原兵右衛門さんは仔細あって浪人。その伜で届けてある金三郎様も御浪人。大阪表へ出て手習並びに謡曲《うたい》の師匠。その間《うち》に兵右衛門さまは御病死、後は金三郎様が矢張謡曲と手習の師匠、阿母《おふくろ》様の鶴江様が琴曲の師匠。その鶴江様が又御病死の前に、重い枕下《まくらもと》へ金三郎様をお呼び寄せの上、実はこれこれの次第と箪笥《たんす》の抽斗《ひきだし》深く納《しま》ってあった新太郎少将様の御守脇差を取出させて、渡されて、しかし決して名乗り出ては相成ならぬ。君の御迷惑を考えねばならぬと堅く留められていられたのを、旅医者の俊良殿がチョロリと耳に入れて、
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