ので有った。それで捕物に就いての知識は却《かえ》ってお鉄の方が委《くわ》しかった。
「捕縄《とりなわ》の掛け方なら、私に及ぶ者は常陸下総|上総《かずさ》にも有りますまい」
お鉄の自慢はそれだけの実力が有り余っていた。女ながらも掛縄、投縄、引縄、釣縄、抜縄、何でもそれは熟練していた。捕縄の掛け方に就いても、雁字搦《がんじがら》み、亀甲繋《きっこうつな》ぎ、松葉締め、轆轤巻《ろくろまき》、高手、小手、片手上げ、逆結び、有らゆる掛け方に通じていた。
総角《あげまき》、十文字《じゅうもんじ》、菱《ひし》、蟹《かに》、鱗《うろこ》、それにも真行草《しんぎょうそう》の三通り宛《ずつ》有った。流儀々々の細説は、写本に成って家に伝わっていた。
竜次郎は其捕縄に就いても興味を持ち、退屈凌ぎに写本は残らず読んで、それから益々研究心を起こして、実地をお鉄に就いて学んだので有った。
「これでも一子相伝ですが、貴郎《あなた》にですから伝授しましょう。併し昼間はどんな事が有っても授けられぬと、ちゃんと禁じて有りますから、真夜中に教えて上げましょう」
教える為にはお鉄が捕縄を捌《さば》いて、竜次郎を縛りもした。又お鉄が竜次郎に縛られもした。
「縄抜けの法は泥棒ばかりでは有りません。御武家でも覚えて置いて好いと思います。敵に俘虜《とりこ》に成った時に、役に立ちますからね」
肥満したお鉄の豊かな肉に喰入る本縄の緊縛も、身を悶《もだ》えさせて、肩に風を切り、下腹に波を打たせている間に、見事に抜けて自由の体に成るので有った。竜次郎は真底から驚嘆せずにはいられなかった。
漸うしている間に竜次郎は、始終無形の縄に縛られて、緊《きつ》く繋がれたような気持がして、一歩も外へ踏み出せぬので有った。又お鉄が殆《ほとん》ど附切りで、近き大杉明神へも参詣させぬ。お鉄が無拠《よんどころなく》外出する時には、乾漢《こぶん》をして見張らせるので有った。
其代り痒《かゆ》い処へ手の届かずという事なく、有らゆる優待はするので有った。
「生縄一家の用心棒、磯貝先生は、話に今も遺《のこ》っている笹川繁蔵《ささがわしげぞう》の処の平手酒造《ひらてみき》よりも豪《えら》い方だ」
持上げられるだけ持上げられても、其実|入牢《じゅろう》させられたも同様で有った。
「斯うしていては、秋岡先生に相済まぬ」
竜次郎は全部魂が腐敗
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