類や大の腰の物を残したからだ。小虎は又先へ行くには、人喰い藻が切開いて無いのみならず、自分ばかり先へ行くのは、恩人に対して悪いからで有った。
岸に上って二人はほっとした。
竜次郎は不図《ふと》小虎の方を見て吃驚《びっくり》した。女の手足の数ヶ所から、黒血をだくだくと吹出しているのだ。扨《さて》は小刀の切先が当って傷を付けたかと思ったのだ。併しそれは蛭《ひる》が吸いついているのと知れて、安心した。
「さあ、もう、斯《こ》うした難癖の附いた処は渡るまい。廻り路はしても、他から」と竜次郎は云った。
「それが宜しゅう御座います」と小虎は然う云いながら、濡れた衣物《きもの》を絞るので有った。
「おやっ」
竜次郎は叫びを立てずにはいられなかった。その訳で、脱ぎ捨てた半合羽から、袷、襦袢《じゅばん》から、帯まで無く成っていた。それのみならず残して置いた大刀や、懐中物から手拭鼻紙まで、紛失していた。
「何者が、持去ったかっ」
磯貝竜次郎は裸にされて了ったのだ。小刀だけは残っても武士の魂たる大刀をまで、何者にか奪われたのだ。
「まあ、私をお助け下さる為に、旦那様に此御難儀を掛けまして、申訳が御座りませぬ」と小虎まで蒼く成った。
「藻切りに心奪われて、此方《こちら》には気が着かなんだが、何時《いつ》の間に、何者が」と竜次郎憤激しても、如何《どう》しようも無いので有った。
遠寺の鐘さえ鳴り出した。一瞬《ひとまたた》き毎に四辺《あたり》は暗く成るのであった。冷たい風は二人の肌に迫るので有った。
「兎に角、人家のある方へ廻って、其方《そなた》の濡れた着物も乾そう、拙者の紛失物も人手を加えて探して見よう。誰か盗人の姿を見た者が有るかも知れぬで」と竜次郎は先に、立木台下の方へと蘆原を進んだ。小虎も後から附いて来た。
手甲脚半の他は裸の竜次郎、下帯に小刀をさした風は、醜態此上も有らぬ。奇禍とは云いながら、何んという有様。皆|是《これ》剣道の師の命令に叛《そむ》き、女侠客の為に抑留されて、心ならずも堕落していた身から出た錆《さび》。斯う成るのも自業自得と、悔悟の念が犇々と迫った。
台下の農家、取着きのに先ず入ったが、夜に入っては旅の人に取合わぬ此土地の淀《おきて》と云い張って、閾《しきい》から内へは入れなかった。事情を訴えても聴くので無かった。
次の一軒、其所は大急ぎで戸を締めて、呼
前へ
次へ
全18ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
江見 水蔭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング