。此方《こちら》を睨んだ眼の凄さと云ったら無かった。此奴《こいつ》が正しく藤蔓を断ったのだ。
「私、少しは泳げます。大丈夫で御座います」
小虎は然う云いながら、傘を捨て、平泳ぎに掛った。一手二手《ひとてふたて》でも其水泳に熟達しているのが見えたので竜次郎は安心して、「兎に角此方へ……」と、麾《さしまね》いた。
女が泳げると見て向河岸の悪僧は、頭から湯気の立つ程|赫怒《かくど》して、
「やい、女、新堀割の人喰い藻を知らねえか。此所へ落ちたらそれ限《ぎ》りだ。藻や菱《ひし》が手足に搦《から》んで、どうにも斯うにも動きが取れなく成るんだぞ。へへ、鯉でさえ、鮒《ふな》でさえ、大きく成ると藻に搦まれて、往生するという魔所だ。おぬし一人で渡るのなら、何も這《こ》んな悪戯《いたずら》はせんのだが、若い男と連れなのが癪なんだ。其所で女|奴《め》、死んで了えっ……それとも俺に助けて呉れというか。頼めば船を出してやるが……」と其|憎体《にくてい》さと云ったら無いので有った。
「何んだ狗鼠《くそ》坊主、死ねばとて貴様なんかに、助けて貰うものかよ。これ、此通り、泳げるわいな。人喰い藻が何んだえ」
小虎は華手《はで》に抜手まで切って見せた。併しそれは僅かの間であった。坊主の云ったのは確実で、忽ち細長い藻の先が足に搦んだ。それはぬらぬらと気味悪く、妖魔の手でも有るかのように、水草《すいそう》にも血が通い、脈が打っているかと怪しまれる程。それに掛っては既《も》う如何《どう》にも成らなかった。いつしか左右の手にも藻は搦んだ。腰にも、腕にも、脇の下から斜《はす》に肩へ掛けても犇々《ひしひし》と搦んだ恐ろしい性《しょう》の悪い藻で有った。
斯う見ては竜次郎、如何《どう》しても見殺しには出来なかった。併し木乃伊《みいら》取りが木乃伊に成るという事を考えずにはいられなかった。此方から飛込んでも、小虎の溺れている処まで行く身の、同じく人喰い藻に掛らずにはいない筈だ。
それよりも先ず悪僧が憎くて成らなかった。悪戯にも程がある。岡焼《おかやき》としても念が入り過ぎた。狂か、痴か、いずれにしても今又自分が飛込んだら、どんな邪魔をするか知れないのだ。
竜次郎は咄嗟に覚悟をした。
「えいっ」と早技。力一杯に手裏剣を打った。それは刀の小柄を抜いたのだ。五十間飛ばしたのは見事で有った。若《しか》も命中して、悪
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