か壊れずにいるが、部屋の中は宛然《まるで》玩具箱を引繰り返したように、種々《いろいろ》の道具が何一つとして正しく位置を保っているのはなく、悉く転倒して、そこら一面に散在《ちらば》っている中に、月野博士を初め助手も二少年も、折り重って気絶している。
 博士は立ち上ろうとしたが、先刻《さっき》の衝突で酷《ひど》く身体を打ったと見えて、腰の関節が痛んで中々立てそうもない。やっと我慢して這いながら室の隅まで行って、壊れた棚から一つの薬箱を取り出して呑むと、少しは心地よくなったので、まず一番手近な山本を抱き起して薬を呑ませると、暫《しばら》くしてようよう息を吹き返した。二人ながらまだ半病人だが互に協力してほかの一同に同じように薬を呑ませると幸にも皆正気に復したが、いずれもいずれも死人のような真蒼な顔をしている。
 暫時《しばらく》は誰も無言でいたが、少し元気を回復すると、桂田博士は、
「やどうも大変な目に逢ったね。」
と最先に口を切った。
「実に酷い目に逢った。僕はあの時はもう駄目だと思ったが、それでもよく気が付いた。」
と月野博士が答える。
 今迄|喘《あえ》ぐように苦しげに呼吸していた晴次はこの時ようよう口を開いて、
「叔父さん。(月野博士の事を二人ながら叔父さんと呼んでいるのだ。)今迄何でもなかったのが一体どうしてあんなになったんでしょう。」
と如何《いか》にも不思議気に尋ねる。
「それは。」と桂田博士が横から引取って、「始めの中はそうでもないが、飛行船が月に近くなるとともに、今迄は地球の引力に左右されていたのが、俄《にわか》に月の引力に曳かれたからで。」……と苦笑しつつ「僕も勿論始めにこの研究もして充分の設備はしておいたつもりなんだけれど、まだ設備が足りなかったと見えて、遂々《とうとう》こんな目にあわされたんだ。これは全く僕の手落なんだ。」
と半分は晴次への説明、半分はほかの者への申訳のようにいった。
 莞爾莞爾《にこにこ》しながら聞いていた月野博士は、
「ここまでは桂田君の尽力でまず無事に到着したからこれから僕の働く番だ。」
と、いいながら立ち上って、厚い硝子《ガラス》を張った窓から外を覗《のぞ》いて、
「実に荒涼たるもんだなあ。」
と感じ入ったようにいったので、ほかの人々もこの時始めて外を見た。
 実《げ》に見渡す限り磊々《らいらい》塁々たる石塊の山野のみで、聞ゆ
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