気味で詫びるのであった。
「何んで許そうぞ、拙者に捕ったが最期じゃ。観念して云うがままに成りおれぇ」と、武道者の声は太く濁って、皹入《ひびい》りの竹法螺《たけぼら》を吹くに似通った。
 北国《ほっこく》街道から西に入った黒姫山《くろひめやま》の裾野の中、雑木は時しもの新緑に、午《ひる》過ぎの強烈な日の光を避けて、四辺《あたり》は薄暗くなっていた。
 山神《さんじん》の石の祠《ほこら》、苔に蒸し、清水の湧出《わきいず》る御手洗池《みたらしいけ》には、去歳《こぞ》の落葉が底に積って、蠑※[#「虫+原」、第3水準1−91−60]《いもり》の這うのが手近くも見えた。
 萱《かや》や、芒《すすき》や、桔梗《ききょう》や、小萩《こはぎ》や、一面にそれは新芽を並べて、緑を競って生え繁っていた。その上で荒熊の如き武道者が、乙女の如き美少年を、無残にも膝下《しっか》に組敷いているのは、いずれ尋常の出来事と見えなかった。
 もとより人里には遠く、街道|端《はず》れの事なれば、旅の者の往来《ゆきき》は無し。ただ孵化《かえ》り立の蝉《せみ》が弱々しく鳴くのと、山鶯《やまうぐいす》の旬《しゅん》脱《はず》れに啼
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