ってくれる人は貴殿よりほかにはござらぬと申したので。や、その節快く御承諾下されたので、我々共は今日の参るのを指折り数えて待っておった次第で」
「なんでござったかな、敵討なんどと、左様な大事件をお引受け致したか知らん」
「御失念では痛み入る。それ、武州《ぶしゅう》は府中《ふちゅう》、六所明神《ろくしょみょうじん》暗闇祭《くらやみまつり》の夜、我等の仲間が大恥辱を取ったことについて」
「ああ、あの事でござるか」
 天保八年五月五日の夜、長沼門下の旗本の若者が六人で、府中の祭に出掛けたのであった。それは神輿《しんよ》渡御の間は、町中が一点の燈火《ともしび》も残さず消して真の暗闇にするために、その間において、町の女達はいうまでもなく、近郷から集って来ている女達が、喜んで神秘のお蔭を蒙《こうむ》りたがるという、噂《うわさ》の虚実を確めずに、その実地を探りにと出掛けたのであった。
 こうした敗頽《はいたい》気分に満ちている、旗本の若き武士はその夜、府中の各所に散って、白由行動を取り、翌朝|深大寺《じんだいじ》門前の蕎麦屋《そばや》に会して、互いに一夜の遭遇奇談を報告し合おうとの約束であった。
 さ
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