た。
「いや約束だ。酒は私が奢る。これも約束だ。見付けた者が威張れるだけ威張って、後の二人が地面に手を仕《つ》いてお辞儀と極《きま》ってるんだ。そこで私は、相談だ。山伏の奴は俺の友達の敵《かたき》なんだから、拳骨で頭をこつんというのを、小机さんの分と一緒にして、二つ殴らせて貰いてえね。それは逆ずり金蔵と、節穴長四郎との二人の敵討に当ててえので。それさえ済んだら後は笑って、機嫌よく飲んで別れようではありませんか」
「小机の代理に俺が一つ余計に打《ぶ》たれるなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことはないが。まあ好い。どの道殴られるんだ。一つも二つも同じだ。ただし、俺の頭は石よりも固いから、打つ方が痛いぞ」
「なんだって好い。打ちせえすりゃあ、講釈で聴いて知っている晋《しん》の予譲《よじょう》の故事《ふるごと》とやらだ。敵討の筋が通るというもんさ」
大正の現代人には馬鹿馬鹿しく思われる事も、この時代には大概の場合にも茶番気が付いて廻っていて、それをしかも滑稽にせず、真面目に遣って退《の》けるのであった。
泰雲、頭巾を取って、頭を出すと、七三郎、拳骨の先に唾を付けて力一杯、こつん! こつん!
「これで胸がさっぱりした」
この変な敵討をよそに、小机源八郎は頻《しき》りに考え込んでいたが、やがて決心した体《てい》で、
「や、拙者はこの稲代殿を嫁に貰い受けたい」と云い出した。
これには泰雲も七三郎もびっくりした。余りにそれは突然に過ぎたからであった。源八郎は単に稲代の境遇に同情したばかりではないのであった。泰雲の夜目の利くのが代々であるというのから考えて夜目の利く男と、同じく夜目の利く女との相婚の結果、その子により以上夜目を利かして見たいという、そうした腹から出たのであった。
底本:「怪奇・伝奇時代小説選集8 百物語 他11編」春陽文庫、春陽堂書店
2000(平成12)年5月20日第1刷発行
底本の親本:「現代大衆文學全集 江見水蔭集」平凡社
1928(昭和3)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:岡山勝美
校正:門田裕志
2006年9月22日作成
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