上で、覚悟をする」
「いえ、正直のところを申しますよ。決して嘘偽りは申しません。本統の事を申しますよ」
八
「さア、それでは、小判で十枚……その代り茶代に一両置くと云ったのは取消すよ」と一水舎半丘、なかなかズルイ。
「ええ、もう沢山で御座います。十両の金は我々に取っては大変な物で御座いますよ。早速|亭主《うち》の野郎に見せて腰を抜かさして遣ります」と嬶さんは急いで小判を納《しま》い出した。
「そこでどうだい、一件の家筋、非人の家筋という心配は無いかね」
「そんな事は御座いませんよ。一件でも非人でも、そんな気は些《ちっ》ともありませんから、その方は請合《うけあい》ます」
「やれ、それで一安心。そこで、肝腎の血の筋だ。癩病《なりんぼう》の方はどうだね」
「その方は大丈夫です。あの家には昔から悪い病のあったという事を聞きません。あの家に限らず羽田には、そんな血筋は無い様で……私だッて大丈夫で」
「分った分った、それならもう心配する事は無い」
「それがね、ただ一ツ御座いましてね。いえ、隠しても直ぐ分る事で御座いますから、あの娘に取ってはまことに気の毒ですが、余り知れ切った話ですからね、申しますがね」
「ふむ、なんだい、どんな曰《いわ》くが有るんだね」
「あの娘の父親《てておや》は、名代の海賊で御座いました」
「えッ、海賊?」
「竜神松五郎《りゅうじんまつごろう》と云って、遠州灘《えんしゅうなだ》から相模灘《さがみなだ》、江戸の海へも乗り廻して、大きな仕事をしていましたよ」
「おう、竜神松五郎と云ったら、和蘭船《おらんだぶね》の帆の張り方を知って、どんな逆の風でも船を走らして、出没自在の海賊の棟梁《とうりょう》、なんでも八丈島《はちじょうじま》沖の無人島で、黒船と取引もしていたッてえ、あ、あ、あの松五郎の娘……あの松五郎の娘が、お玉だッたか」
「それで御座いますよ。その松五郎も運の尽きで、二百十日の夜に浦賀《うらが》の船番所の前を乗切る時、莨《たばこ》の火を見られて、船が通ると感附かれて、木更津沖で追詰められて、到頭子分達は召捕りになりましたが、松五郎ばかりは五十貫もある異国の大|錨《いかり》を身に巻附けて、海へ飛込んで死んで了いましたので、未だその他に同累《どうるい》も御座いましたのですが、それはお調べにならないで了ったそうで……」
「竜神松五郎の娘。嗚呼《ああ》、あのお玉が海賊の娘かい……どうもこれは飛んでも無い事が出来て了った」
「ねえ、先生、それはそうで御座いますが、どうにかそこがならない者で御座いましょうか。父親《てておや》は海賊でも、母親は善人で御座いましてね、それにあの通り娘は出来が好いので御座いますから、これは私の慾得《よくとく》を離れて、どうにか纏めて遣りたいもので御座いますが……」
「それがどうもそう行かない。や、行かない訳が有るんだ。なるべくなら愚庵も纏めて遺りたい。又六浦家の方でも、ナニ海賊なら大仕掛で、同じ泥棒でも好いよと、マサカ仰有《おっしゃ》りもしないが、そう仰有ったところで、娘の方で承知出来ない」
「へえ、それはどういう訳で御座いますか」
「その海賊竜神松五郎を退治《たいじ》た浦賀奉行は、六浦の御先代、和泉守友純《いずみのかみともずみ》様だ」
「えッ」
「琴之丞様の父上が御指揮で、海賊船を木更津沖まで追詰めて、竜神松五郎に自滅をおさせなさったので、それが為に五百石の御加増まで頂いていらッしゃるので、お玉の父の敵は琴之丞様の御父上、敵同士の悪縁だから、纏まりッこは無い」
「なる程、それじゃア夫婦にはなれませんや」
悪縁というのは正しくこれだ。今の若い人の考えで見ると、恋愛は神聖だ。親と親とが、どんな関係だろうが、子は子で又別の者だ。互いに愛し合っているのに不思議は無い。早速自由結婚をしよう、戸籍面なんかどうでも好いという風に、ドシドシ新解釈で運んで了うが、天保時代にはとてもそうは行かなかった。
金儲けになる事だから、どうにかして纏めたいと考えたのだが、こればかりはどうにもならぬので、宗匠と茶店の嬶さんと顔を見合せて、溜息を吐《つ》くばかり。
此時、葭簀《よしず》の陰で、不意に女の泣声がした。喫驚《びっくり》して見ると、それはお玉。
「まアお玉さん、聴いていたかい。まア能く三人で相談を仕直すから、こちらへお出《い》で」と、嬶さんが云うのも肯《き》かず、そのまま走り出した。
「や、飛んだ事になったね。早く行って留めなければ身を投げて死ぬかも知れないね」と半丘も顔色を変えた。
「なに、泳ぎが出来るから、身は投げませんよ。投げても浮いて死なれやアしません」
これは道理《もっとも》だ。
九
一水舎半丘の報告は、どの位琴之丞をして失望せしめたか分らなかった。病気は益々悪くな
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