》の内のお船《ふね》じゃア無いか。矢口《やぐち》もここも、一ツ川だが、年代が少し合わないね」と宗匠は混ぜ返した。
「お客様、お酒のお相手にはなりませんが、これから川崎まで船をお仕立てなさいますと、その娘がお供致しますよ」
「女船頭か」
「左様ですよ、大師様へお参りなさるなら、森下《もりした》まで行きます。それから又川崎の渡し場まで入らッしゃるのなら、お待ち申しておりますよ。八町畷《はっちょうなわて》を砂《すな》ッ塵《ぽこり》でお徒歩《ひろい》になりますより、矢張《やっぱり》船を待たして置いてお乗りになれば、この風ですから、帆も利きます、訳無く行って了《しま》いますよ」
「成程なア、それは妙だ」
「川崎の本街道へお出ましになれば、馬でも、駕《かご》でも御自由で……」
今なら電車も汽車も自動車もと云うところだ。
「いよ、それに限る。それで弁天様よりも美しい娘なんだな」
「左様で御座いますよ。色は少し黒う御座いますがね」
「それはどうも仕方が無い。御前、如何《いかが》です、そう致そうじゃア御座いませんか」
「美人はともかく、船で川崎まで溯《のぼ》るのは思いつきだ。早速、その用意をして貰おう」
三
お嬶《かみ》が呼びに行ったが、間もなく帰って来て、
「じきに参ります。船をここのすぐ下まで廻させます。お値段のところは、お分りになっている旦那方ですから、わざッと極めて参りませんでしたから、そこは宜しい様に……」
「や、魚の買振りで、すッかり懐中《ふところ》を覗《のぞ》かれたね。その分で茶代もハズムと思っていると大当違《おおあてちが》いだよ」と宗匠は引受けて弁じ立てた。
そこへ早や一隻の荷足《にた》り船《ぶね》を漕いで、鰕取川《えびとりがわ》の方から、六郷《ろくごう》川尻の方へ廻って来るのが見えた。
「あれだな」と若殿が扇子で指した。
「左様で。あれで御座います、近くなる程綺麗に見えます」
「遠くでも光って見えるね」と又しても宗匠が口を出した。
「あの艪《ろ》を漕ぐ腰ッ振が好う御座いますね」と市助までが黙ってはいなかった。
「あなた方、前以てお断りして置きますが、あれで色気と云ったら些《ちっ》ともありません。冗戯《じょうだん》が執拗《しつこ》いと直き腹を立てまして、なんでも、江戸の鳶《とび》の衆を、船から二三人|櫂《かい》で以て叩き落したと云いますからね。
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