驢馬《ろば》が犇《ひし》めいていた。新らしく創設された図書館の書棚はプロレタリアの童話とマルクス学の書簡によって占められていた。またマヤコフスキーとレーニンとピリニヤーク、パステルナックの、新刊書で埋れた。イリヤエレンブルグを人々は狂人だと云っていた。
こうして街は青々と緑に包まれて私は夜毎旗亭ダリコントに馬車で通った。ここで私はロシア煙草と火酒《ウオッカ》と世界の新聞を読んで一日を暮した。しかし偶然はアンナ・ニコロ、私をみて無意味にわらいだした。
この彼女の可笑《おかし》さが未来の幾年かを空虚なものにしてしまうのだ。まるで音響のないユダヤ人の才能のように危険なものであった。私がアンナ・ニコロのわらいについて幾日間を考えあぐむ、遂にそれは私に対する愛の象徴だと思うのであった。(私は今では瓦斯《ガス》広告のように朦朧《もうろう》とした認識不足に陥っていった)私は毛氈《もうせん》のような花束とアンナ・スラビナには英雄の手本という好色本を贈ったのだが、それはスラビナの称讃を得たに過ぎなかった。
こうして私は青空のない恋に浮身をやつした。
――アンナ・ニコロ、僕は並々ならぬおしゃれな
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