性の愛情まで資本家に身売りしていることが分るのであった。
 窓の外にはネオ・アクメイズの姿がプロレタリアの肉体を蝸牛《かたつむり》のように這っている。アンナ・ニコロ接吻したまま、
 ――ヨシユキ、ロマンチシズムとヒロイックなスラビナの時代はまだロシア人は香のいい肥料があったのです。妾達の祖先が献身的であったころ、アルチバセフの快楽主義にさえ身顫《みぶる》いしたロシア婦人は欧羅巴《ヨーロッパ》スタイルの淫事も、寝床で踊る未来派の怪奇も、断髪にする苦痛さえもなし、公爵婦人の名誉さえ瞬間に地に葬ったのです。
 ――ニコロ、敬虔《けいけん》、僕の思いも過ぎ去った恋物語りです。
 ああ、妾が貴男を思っている。無産階級の靴音にも増して力づよく慕しい。
 ――僕の心意気、見してやる。白薔薇のような花嫁に。
 私達戸外に這い出す。青い絨氈《じゅうたん》の上を鏡のない人間が歪んだシルクハット、胸は悲しい葬《とむらい》だ。心行くまで私はお前を熱愛したのだ。けれど感覚の最期がいたましい。カバレット・ポンペアの低い嬉びに、世界各国の鶏《にわとり》の歌奏でるユダの主人、私はシャンパン、緑色の天井、進撃勇ましい、桃色の月、見上げて、十人のコウカサスの女に接吻する。
 シャンパンおごる私は得意だ。なんと云っても現代は資本主義肯定する。加護のために、私未来のプロレタリア否定する。
 ジャズ・バンド、マルセル・シュオブに似たセロ弾き、グロテスクな洋服師思い出すボンベイの過去、いまではロシアで苦心|惨憺《さんたん》アンナ・ニコロを祝福して、私は最期迄知ってしまう。
 瞬間の嬉びが永遠に悲しみとなってしまう、チャイコフスキーの狂気音楽がかくまで近代を支配する。ワルツ、タレルキンの心臓、ニコロの青蛇のような首抱いて、私は踊る。いまや狂気の沙汰、音楽師、ピアノの波が尼僧呼びよせる。アフリカの砂漠を進出するモスクワの夜の娘、驚歎した私踊りながら黒い両足が、ニコロの太腿を包囲して、混乱した男女の頭脳に、メゾ・ソプラノの鼻歌が巻きついてくる、私ニコロの前に日本紙幣束にして棄ててしまった。
 思えば流行歌。アンナ・ニコロが私を引ずって矢鱈《やたら》に接吻する。愛の聖歌奏でて旋転する夢路たどっているようだ。苦もないアンナ・ニコロ私に身を委せながら。階段、万国の男女が酔いどれてはやしたてる。Aは緑、B C D E Fソ
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