濡れて濶葉樹の葉がビクトリア女皇の銅像前の花園で金色に光った。諾威《ノルウェー》道路に彼の姿が見えなくなると、リー・シー・ツワンは鏡の前でシルクハットをかぶった。
広東政府の大官である彼に向って米良はお互の心の合鍵を交換するとうやうやしく敬礼した。
窓の下を、口髭を生した英国の老婦人が支那の日傘をさして歩いて行った。
◇
一ヶ月後、米良は大連の常盤《ときわ》橋通りのユダヤ人の経営するカバレット・バビロンで、ロシア領事館の書記の支払った奉天《ほうてん》銀行の贋札《にせさつ》の下で、皺だらけになった支那紙|晨報《しんぽう》を拾い読みしているうちに、シイ・ファン・ユウが近く蒙古青年貴族と結婚し、騎馬によって内蒙古に出発する事実が記事になっているのを見出だすのであった。
急に部屋が騒がしくなった。坊主頭のロシア人のジャズ・バンドが演奏を始めたのであった。踊場のシャンデリヤが消えて部屋が薄暗くなると、踊子達が流行歌を低唱しながらダンスを始めた。米良の三鞭酒《しゃんぺん》の杯に氷山が浮いて彼の心は冷たかった。ふと米良はロシア女の踊子達の踊靴が帝政時代そのままの黒い踵で近代を象
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