徴するのを見るのであった。
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それから一年の時日が過ぎた。古い権力が新しい軍閥の前で倒潰《とうかい》した。ソビエット・ロシアの東方政策は根柢から覆がえされた。リー・シー・ツワンは政府部内にあっていかに彼の歴史的任務を果そうとするのであろうか? マダム・レムブルグのオアシスはいまでは相場師で埋もれてはいないであろうか? 生死不明を伝えられた陳独秀はモスコーにいたがそれからどうなったか? 結婚したが図星の外れたシイ・ファン・ユウは最近東京に来て米良に会った。山の手のホテルの寝床の上で米良は彼女に片足かけていまでは彼は資本主義の出鱈目《でたらめ》な機構を利用し成金になっていた。全てこの国の相場は金解禁と支那問題を目標にして動いているのであるが米良は政府の弱腰をせせら笑いながら惨落した砂糖株でしこたまもうけた。この次はウォール街に電流を通じて円価で夥《おびただ》しい投機をやる筈だ。もし彼等が金解禁をするためには彼等は生死にかかわる犠牲を払わねばならない。もしブルジョワが犠牲を少くしようためにはプロレタリアに対する苛酷が約束さるべきだ。しかも無定見ではあるが近く彼等は解禁をなすであろう。そのときこそ米良は尖鋭な階級意識を呼び起すつもりだが? この国のブルジョワと支那の新政府の間には近く提携と一つの目標をもった条約が結ばれるであろう。
シイ・ファン・ユウが寝床に黄色い蝋のような肉体を投げ出して、
――メラ、貴方に何ができるものか、いまでは妾はプロレタリアの結束はいつか絶対のものとなるときがあると思うのだけど、そのとき妾達はやっぱり不幸なのです。所詮私達は地図に出てくる男女に過ぎないのです。
云い終ると支那の女の小さい足がカーテンのように閉まって米良もシイ・ファン・ユウも物を考えることをよしたのであった。
底本:「吉行エイスケ作品集」文園社
1997(平成9)年7月10日初版発行
1997(平成9)年7月18日第2刷発行
底本の親本:「吉行エイスケ作品集※[#ローマ数字1、1−13−21] 地図に出てくる男女」冬樹社
1977(昭和52)年9月30日第1刷発行
※底本中の「!」は全て右斜めに傾いていたが本テキストでは「!」を用いた。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※底本には「吉行エイスケの作品はすべて旧字旧仮名で発表されているが、新字新仮名に改めて刻んだ。このさい次の語句を、平仮名表記に改め、難読文字にルビを付した。『し乍ら→しながら』『亦→また』『尚→なお』『儘→まま』『…の様→…のよう』『…する側→…するかたわら』『流石→さすが』。また×印等は当時の検閲、あるいは著者自身による伏字である。」との注記がある。
入力:霊鷲類子、宮脇叔恵
校正:大野晋
2000年6月13日公開
2009年3月26日修正
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