皮膚をのぞかせて鏡のように磨かれた石造の建物に吸いこまれた。
 天満天神に朝|詣《まい》りした五花街の女たちが、ふたたび睡《ねむ》るころ、北浜|界隈《かいわい》は車だまりから人力車が一掃されて、取引市場をとりまいた各商店では、踊子がつけた腰の鈴のように電話が絶えまなく鳴り渡った。
 私がホテルの寝床からそのまま父の輸出綿花事務所へやってくると、夜の疲労をぬりかくした、濃化粧したタイピストが電話機の電鍵《でんけん》を敲《たた》くように、昨夜の記憶を白紙にうずめていた。
 昨今の上海《シャンハイ》投機の気まぐれで、銀塊《ぎんかい》相場を有史以来の崩壊に導いた、その余波のためにこの輸出綿花事務所は不況のどん底にいた。何故、この女タイピストの指の悪戯《いたずら》をよささないわけに行かなくなったかと云うに、銀塊急落の最も大きい原因は、印度《インド》でおこなわれた幣制の改革と、支那商人の思惑のとばっちりからであった。
 反|蒋介石《しょうかいせき》派の激化と、東支鉄にからんだ露支《ロシ》間の葛藤、南京政府の幣制の改革にたいする商人の思惑は、対支商談におけるワシントン政府の経済政策が、帝国主義戦争の
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