膚の断面に機能の失せた女の蠱惑《こわく》が感じられた。
3 ホテルの部屋で僕はかの女が花瓶の中の花の茎のように華奢な肉体なのに気が付いた。僕は女性にたいする狩猟家であったか。かの女の痩せた花粉のついた装飾にすら、僕は情欲をもって鎧《よろい》ばっている。女性の尻ばかり見て暮す男にとっても、売笑婦の心理的な綺羅《きら》によって飾られた脣《くちびる》から、下腹部にかけてのガリッシュな紅色の部分については特殊な魅惑を感じる。かの女たちは小指のような微生物まで琥珀色《こはくいろ》の液体で染めた。
エロチシズムの演技場に行くまでの道程については云う必要もあるまい。そして近代女の技術主義についても。
「――あなたの一緒にいた御婦人について伺いたいわ。」
「――恋愛でないセンジュアリズムの見本。」「――と、云うと?」「――女房だ。」
街に展いた窓の出張《でっばり》に置かれた洋紅色の花鉢を寝台の枕もとに持ってくると、夜の女は眸《ひとみ》の快楽のために、
「――その女房と云うのはどんな役目なの?」
「――君に委任された僕のセンジュアス以外のものの委托品《いたくひん》あずかり所なのだ。」
「――あなたの云うこと、よく分んないわ。」
4 夜が更けて僕が眼覚めたとき、かたわらには腐敗しかかった売笑婦の肉体が萎《しお》れた花のように残っていた。
その肉体の地図に分割された新領土に僕は住んでいる。売笑婦の持つ感覚の楼上から底辺に達する戦場には、資本家の軍隊の残した指紋の遺跡がある。……つまり、売笑婦の蠱惑を戦場の地域に例《たと》えるのに、現今として誰一人、不服はない筈だ。
侵略される肉体の所有者について探究するとき、かの女たちは、そこに帝国主義的な型を持った男性の手管を感じ、軍閥《ぐんばつ》の持つ圧力を、ブルジョアジイの持つ征服にたいする歓喜を衝けるのだ。――ラグビー争闘の場合の靴の跡を刺繍《ししゅう》され、……野球における華美な盗塁と、……水球のときの潜水と、……ミニチュア、ゴルフの墜死と、……ボクシングにおける残酷な、……マットの中の死を。
戦争にたいする僕の幻影のいかなるものかについてはいま語るをさし控えよう。かの女の肉体の地図に戦争の持つ赤手袋を穿《は》めて、僕は他日を約して一先《ひとま》ず退却だ。国際連盟の持つイデオロギイからも、満州の階級性からも、シャンハイをまったく取
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