陽のもとに赤光をうけて眼ざめた。女の両脚のように緑色の電車路が横たわって、そのうえを労働者の溢れた満員の割引電車が通り過ぎた。サラリーメンの洪水のために死骸のような建物の堰《せき》が破られて、空にそびえる高楼の窓が花のようにひらくと、女事務員の青と赤の色彩が花粉の媒介の役目をした。
 前門の経済通報社の万事相談室には早朝から夥《おびただ》しい人がつめかけていた。タイプライターと、夕刊新聞のタクシーと、自転車で疾走する給仕の金ボタンと、江東一帯の工場地から聞える仕事始めのサイレンの音響と人物の交錯のなかを、太田ミサコは小肥なボッブの昨夜の女記者の太い脚がアスハルトの道路をふんでやってくるのを認めた。
 部屋のアザミの造花のおかれた卓子に、ミサコと対して女記者は巨木のような脚をくむと、すぱりすぱりと朝日の紙巻タバコの煙を吐きだしながら、
「お早うございます。マダム・ミサ。妾は中央ステイションでおりたのよ。あなた達の悪癖には妾顔まけして了ったわ。」
「妾のお願いと云うのはね。」
「ところがマダム、いくら流行病とは云いながら彼《あ》のアマは朝の市街を厚化粧であるいているんだ!」
「そのくらいで
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