階のビュティ・パーラーの髪の焼ける臭気と、鏝《こて》のかみあう響と、シャンプする水の流れる音に交錯した。
 三階のマネキンの事務所では、競馬馬のような女の舞台女優気どりの饒舌《じょうぜつ》がきこえてきた。衣裳をつけぬ女がけあいどりのように騒ぎまわっていた。このポール商会を太田ミサコの夫が事務服をつけて急がしそうに右往左往した。午前十時であった。
 ミサコはポール商会のまえで車がとまったとき、カリタに隣家のとざされた商店の買収のことを話していた。彼女が店につかつかと入ると同時にミサコの金属のかちあうような鋭い声がきこえた。
「ちぇ、なんだい、マネキンは窓の外を男さえ通ればそわそわしているし、陳列棚についたお前さんたちの白粉《おしろい》の粉が、お前さんたちを淫売《いんばい》とでもおもわすよ。まあ! あなた。その風態は何よ。もっと、紳士的に、もっと、威厳をもって、まあ、この人は髭《ひげ》をそるのを忘れたわ、ああ妾、死にたい!」
 恐る恐る、彼女の夫が云った。
「お前、さっきから隣の地主が奥の部屋で待ってるよ。ところでお前、お前こそ唇に食事のあとがついてるじゃないか。」
 彼女の顔が廃艦のよう
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