に白い眼をひらくと、
「ううん、おれがよくなかった。」
「マリ、お前こん夜俺につきあうか。」
「なんでもよくきく。」
私達は腕をくむと、附近の青天白日旗《せいてんはくじょうき》の飜《ひるがえ》っている、支那公使館のまえのインタナショナル・バーの酒卓へ座ると、盃をかちあわした。卓子《テーブル》におかれたザシカのクンセイのような扮装をして女達がワルツを踊っていた。女将のアレキサンドラは片隅で亭主の白系露《はっけいろ》人とポーカーを七枚のカードを並列してやっていた。青い日本服をきた混血児が、なよ/\とした腰に支那人の中学生の腕をからませて踊っていた。もと神戸の元町のボントン・バーにいた、肥太《ふと》った女がひどく酔って悪臭を放っていた。ロシア人の老人夫婦が、ロシア・クラシック・オペラの一節を弾じはじめた。
ウォッカの酔いがまわると、マリがアレキサンドラの娘をとらえて饒舌《しゃべ》りだした。
「おい、ナタリー、おまえおれの女房になってくれ。」
「マリ、するとあんたが妾《わたし》のダンナさんね。」
「うん、そうだ。」
すると、ナタリーが眼脂《めやに》をふいてこたえた。
「わたし、いやです。」
赤い焔《ほのお》のように、一条の直線がナタリーの頬にふれた。同時にナタリーの悲鳴が爆発して彼女の頬に紅色の液体がながれていた。私は、酒盃《さかづき》を投げつけて茫然と立っているマリを街路に連れだして車にのせると車体は海岸線を疾風のように走りだした。
「マリ、どうかしたかね。」
「うん、おれはナタリーが好きだ。」
と、彼女は云うと猛然と私におどりかかって、銀色の唾液のなかで二枚の褪紅色《たいこうしょく》の破片が格闘をはじめた。暫《しば》らく波の音が水上の音楽を私達にもたらした。
天界ホテルのサルーンへ這入ると、有名な五十に近い小柄な舞踏の師匠を取巻いて、コムミニストだというマルクス派の作家らしい男達がひどく酔って女達に愛想をつかされていた。深刻な表情をして酒盃を傾けている黄をマリは見つけると、つか/\と彼のかたわら迄彼女は行くと、少しばかりスカートを捲いてマリは薬品の為にオリーブ色になった唾液を床に吐いた。
「おい、黄。おれはなあ、今夜っきりおまえがやあになったんだ。こん夜っきりおれにかかわらずにおくれ。」
乱暴に床を蹴って部屋から出て行った。
――マリさん、マリさん。と、
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