みるも、平等的方面がある。すべての現象は活動的のものである。こうみても複雑なる差別的方面のあるとともに、単純なる平等的の方面を否定するわけにいかぬ。現象と実在とは同一物の両方面で、事実上においてはけっして分離されているものでなく、現象は実在とともにあり、実在は現象を透してあり、現象は実在を離れてあるものでなく、現象のあるところに実在があり、実在のあるところに現象がある。それであるのに現象の彼岸に実在があるように説くのは、人をして世界の真相を誤解せしむる所以《ゆえん》である。また実在を認めないで、現象をもって実在となし、現象以外に実在なしとするのは俗見であって、哲学的の見地から見て甚だ幼稚なものである。それでこの第三の実在論の立場は現象と実在というこの二つの対立を超上してすなわち aufheben して、真実一元観に達する次第で、これを円融相即の見解というべきである。
科学的進化論のごときは、われわれもこれを真理と見るけれど、これによって哲学の全体を蔽うわけにいかない。というのは科学的進化論はただ現象界のことにのみとどまる。そもそも進化はまず動的状態を予想して初めて説くべきであるから、
前へ
次へ
全24ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
井上 哲次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング