代の変態で、この両者は畢竟理想教たる倫理教において統一せらるべきもので、すなわち今日の倫理をずっと宗教化し、今日の宗教をずっと倫理化して、そして畢竟今日の倫理および宗教より進んだ立場に帰着すれば、おのずからそれが理想教たる倫理教となる次第である。今日の倫理のあきたらぬところは、あまりにそれが宗教的情操を欠いているからである。倫理に関する知識としては成立しておっても情意の側においてはなはだ無勢力であるというのは、宗教的色彩のきわめて貧弱なるがためである。
六 教育論
つぎに教育について一言すれば、教育の目的は道徳的人格者をつくるにあるけれども、それはけっして国家的民族的要求と無関係のものではない。人格実現はその特殊なる国家的民族的関係を離れてなし得られるものではない。やはり特殊なる境遇に適応したる実現の方法を採らなければならぬ。それであるから道徳的人格者をつくるにあるといっても、けっして個人主義的の意義ではない。やはり国家的民族的の関係を有するもの、広くいえば、社会的関係を有するものでなければならないのである。
教育と宗教との関係は教育上なかなか重大な問題である。今日の教育はとかく形式的となって、人を感動せしむる力のないというのは、宗教的情操の欠乏にある。しからば仏教とかクリスト教とか、かかる宗教を教育に応用すべきかといえば、特殊関係の学校は別として、普通の学校に特殊の歴史的宗教を入るれば必ず偏頗《へんぱ》となって混乱を来たす。学生生徒のすべてが仏教徒に限ってもいなく、またクリスト教徒に限ってもいない。神道側の者もあれば無宗教の者もないではない。かように複雑である。それで特殊な宗教を超絶した一般的普遍的の宗教をもってするでなければならぬ。そのような宗教は倫理教よりほかはない次第である。教育はこの点において大いに改造さるべき余地がある次第である。
教育は人格を陶冶《とうや》する方法であるが、人格を陶冶するにはその被教育者の投ぜられたる特殊の境遇事情に適応することを必要とするのである。それゆえにわが国の子弟を教育するにただちにわが国と境遇事情を異にする欧米の方法をもってすべきではない。わが国においてはどこまでも伝統的の日本精神をもって指導原理として教育を施さねばならぬ。ただし欧米の方法は慎重に取捨してこれをおのれに資することを期すべきである。
七 芸術論
つぎに、芸術について一言すれば、芸術は畢竟人工的に美の理想を実現するにあるので、自然美に対すればその進歩は比較的はるかに迅速である。芸術美と自然美とにかかわらずすべて美は主観的のもので、けっして客観的のものではない。しかし美が単に主観的たるにとどまっていては、芸術は成立しない。諸種の材料をかりて美を客観的にあらわすに当って芸術が成立するのであるが、芸術は単に快感の客観化されたものではない。快感を超越した要素がなくてはならぬ。もとより崇高、深遠、幽邃、壮大、雅麗等の諸性質はそなえておらなければならぬが、また超快感的の気韻情調の観るべきものを必要とする。すなわち人を引いて彼岸の理想境に入らしむる底の魅力がなくてはならぬのである。しかし芸術の原理を功利的に見る一派がある、その説によれば芸術はいかにしても功利的に制限されるものである。社会の要求により、経済の状態によって制限されるもので、芸術家もその要求に応ずるような態度に出でて、その要求の向うところに発展をとげる。かようにして芸術は畢竟功利的に制限され、客観的にその性質を規定されるもので、主観的にいかに高尚な理想があっても発展の遂げようがないとみる人があるけれど、それは真の芸術を理解したものではない。単に功利的に制限され、規定されるようなものはけっして崇高の真の芸術ではない。芸術の原理はこれを主観的に求めなければならぬ。芸術の上乗なるものは、快楽主義や功利主義を超越したものである。
八 法理論
法理について一言すれば、法理はやはり哲学的に根本原理によって解釈さるべきもので、単に経験的に、帰納的に解釈をしても、満足な解釈の得らるべき性質のものではない。人によっては法理は進化論的に解釈すべきものと考えているけれども、それは法理の変遷、推移の跡を尋究するだけであって、法理そのものの根本的の解釈ではない。法理の根本的原理をさかのぼってゆけば、どうしてもロゴスというような哲理にもとづかなければならぬ。世界のあらゆる方面に法則態の現われがあるが、人間社会を整理し、統御してゆくに当っては、法律制度のごとき諸種の規定を要する次第で、その法律制度の改正というようなことは、時世境遇の変化とともに必要となるが、その原理は法律制度そのものの中において求むべきではない。どうしてもその法律制度の拠って起るところの根本原理に基づ
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