かず》、中江篤介などであった。しかして自分もその間において哲学、倫理学、心理学等に関する著述または翻訳を発行し、それから宗教その他の思想問題について種々意見を発表したのである。それから自分よりは後輩ではあるが、三宅雄二郎、井上円了、有賀長雄、大西|祝《はじめ》、清沢満之《きよさわまんし》、高山林次郎などという人々も哲学思想の興隆には少なからざる関係があったのである。その他福沢諭吉とか中村正直(敬宇と号す)とかいうような人々もけっして無関係とはいわれない。福沢という人は別にこれという哲学的の著書のあるわけでもなく、何ら哲学的思索の形跡は認められないけれども、しかし西洋文明の輸入者として、また広く当時社会の先覚者として思想界に大きな影響を及ぼした人であるからには、哲学史の上から見てもけっして看過することのできない人物であると思う。殊に福沢諭吉と加藤弘之とは当時注意すべき対立的の学者であった。ここにはきわめて大体のことしかいえないが、加藤という人はよほど学究的の性質があって、哲学の問題を最後まで研究し、どこまでもみずから哲学者たらんことを期したので、いやしくも明治時代の哲学を回想するに当って
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