である。誠に喜ぶべきことである。
 このような颱風が昭和九年に至って突然に日本に出現したかというとそうではないようである。昔は気象観測というものがなかったから遺憾ながら数量的の比較は出来ないが、しかし古来の記録に残った暴風で今度のに匹敵するものを求めれば、おそらくいくつでも見付かりそうな気がするのである。古い一例を挙げれば清和天皇の御代|貞観《じょうがん》十六年八月二十四日に京師《けいし》を襲った大風雨では「樹木有名皆吹倒《じゅもくなあるはみなふきたおれ》、内外官舎、人民|居廬《きょろ》、罕有全者《まったきものあることまれなり》、京邑《けいゆう》衆水、暴長七八尺、水流迅激、直衝城下《ただちにじょうかをつき》、大小橋梁、無有孑遺《げついあることなし》、云々」とあって水害もひどかったが風も相当強かったらしい。この災害のあとで、「班幣畿内諸神《きないのしょしんにはんぺいして》、祈止風雨《ふううをとどめんことをいのる》」あるいは「向柏原山陵《かしわばらさんりょうにむかい》、申謝風水之※[#「宀/火」、第4水準2−79−59]《ふうすいのわざわいをしんしゃせしむ》」といったようなその時代としては
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