ある民家でぼろぼろに腐朽しているらしく見えていながら存外無事なのがある。そういう家は大抵周囲に植木が植込んであって、それが有力な障壁の役をしたものらしい。これに反して新道沿いに新しく出来た当世風の二階家などで大損害を受けているらしいのがいくつも見られた。松本附近である神社の周囲を取りかこんでいるはずの樹木の南側だけが欠けている。そうして多分そのためであろう、神殿の屋根がだいぶ風にいたんでいるように見受けられた。南側の樹木が今度の風で倒れたのではなくて以前に何かの理由で取払われたものらしく見受けられた。
 諏訪湖畔《すわこはん》でも山麓に並んだ昔からの村落らしい部分は全く無難のように見えるのに、水辺に近い近代的造営物にはずいぶんひどく損じているのがあった。
 可笑《おか》しいことには、古来の屋根の一型式に従ってこけら葺《ぶき》の上に石ころを並べたのは案外平気でいるそのすぐ隣に、当世風のトタン葺や、油布張《ゆふばり》の屋根がべろべろに剥《は》がれて醜骸《しゅうがい》を曝《さら》しているのであった。
 甲州路へかけても到る処の古い村落はほとんど無難であるのに、停車場の出来たために発達した新集
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