のや、いろいろさまざまの格好をしたのが、明るい空に対して黒く浮き出して見えた。それがその日その日の風に吹かれてゆらいでいた。
かよわい糸でつるされているように見えるが、いかなる木枯らしにも決して吹き落とされないほど、しっかり取りついているのであった。縁側から箒《ほうき》の先などではね落とそうとしたが、そんな事ではなかなか落ちそうもなかった。
自分は冬じゅうこの死んでいるか生きているかもわからない虫の外殻《がいかく》の鈴成りになっているのをながめて暮らして来た。そして自分自身の生活がなんだかこの虫のによく似ているような気のする時もあった。
春がやって来た。今まで灰色や土色をしていたあらゆる落葉樹のこずえにはいつとなしにぽうっと赤みがさして来た。鼻のさきの例の楓《かえで》の小枝の先端も一つ一つふくらみを帯びて来て、それがちょうどガーネットのような光沢をして輝き始めた。私はそれがやがて若葉になる時の事を考えているうちに、それまでにこの簔虫《みのむし》を駆除しておく必要を感じて来た。
たぶんだめだろうとは思ったが、試みに物干し竿《ざお》の長いのを持って来て、たたき落とし、はね落とそうと
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