の腹をしゃぶっている。このような闘争|殺戮《さつりく》の世界が、美しい花園や庭の木立ちの間に行なわれているのである。人間が国際連盟の夢を見ている間に。
ある学者の説によると、動物界が進化の途中で二派に分かれ、一方は外皮にかたいキチン質を備えた昆虫《こんちゅう》になり、その最も進歩したものが蜂や蟻《あり》である。また他の分派は中心にかたい背骨ができて、そのいちばん発展したのが人間だという事である。私にはこの説がどれだけほんとうだかわからない。しかしいずれにしても昆虫の世界に行なわれると同じような闘争の魂があらゆる有脊椎動物《ゆうせきついどうぶつ》を伝わって来て、最後の人間に至ってどんなぐあいに進歩して来たかをつくづく考えてみると、つまりわれわれの先祖が簔虫《みのむし》や蜘蛛の先祖と同じであってもいいような気がして来る。
四十九個の紡錘体の始末に困ったが、結局花畑のすみの土を深く掘ってその奥に埋めてしまった。その中の幾パーセントには、きっと蜘蛛がはいっていたに相違ない。こうして私の庭での簔虫と蜘蛛の歴史は一段落に達したわけである。
しかしこれだけではこの歴史はすみそうに思われない。私は少なからざる興味と期待をもってことしの夏を待ち受けている。
[#地から3字上げ](大正十年五月、電気と文芸)
底本:「寺田寅彦随筆集 第一巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
1947(昭和22)年2月5日第1刷発行
1963(昭和38)年10月16日第28刷改版発行
1997(平成9)年12月15日第81刷発行
入力:田辺浩昭
校正:かとうかおり
1999年11月17日公開
2003年10月22日修正
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