学会《ブリティッシュアソシエーション》の総会でホイルという動物学者が講演した章魚や烏賊の類に関する研究の結果中で吾々|素人《しろうと》にも面白く思われる二、三の事実を夜長の話柄《わへい》にもと受け売りをしてみよう。
俗に章魚船と名づけられ、水面に浮んで風のまにまに帆かけて走る章魚の一種がある。その雌の体内で外套膜腔《がいとうまくこう》の中に奇妙な細長い虫のようなものが見出された事があるので、昔は一種の寄生虫だろうと考えられていた。ところがだんだん研究してみると、驚くべし、これは生殖作用を遂げるため、雄の足の一部が子種を運ぶために脱離し、雌の体内に侵入したものだという事がわかった。それ以来次第に研究を進めてみると、章魚船には限らず一般に頭足類の動物中にはこの種の生殖法が特有なものだという事が知れて来た。尤も種類によっては雄の足を脱離しなくってその代り雄は六本の足で相手を押さえ二本の足を外套膜の中に挿し込む、その時雌は呼吸を止められるから必死になって逃げ出そうと藻掻《もが》くそうである。けだし一奇観であろうと想像される。足の脱離する方の種類では、雄が自身に落ちた足を持って行くか、あるいは
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