(明治四十一年五月二十五日『東京朝日新聞』)
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         八十三

      六千年前の肉塊

 近頃エジプトの医学校で木乃伊《ミイラ》の解剖分析に従事している学者がある。その研究の材料中には優に六千年を経たものもあるが、これらの肉塊を分析してみると驚くべき事には蛋白質脂酸のごとき有機成分が歴然と分解せずに存している。しかし血球などは全く痕跡もなくなっているそうである。木乃伊を作るには始め塩水に死体を漬け種々の樹脂の類を塗って固めたものらしい。これが六千年後の今日まで存しているのは、全くエジプトの空気が非常に乾燥しているためである。
[#地から1字上げ](明治四十一年六月二日『東京朝日新聞』)
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         八十四

      柔能く剛を制す

 比較的に柔らかい鋼鉄の円板を急速度に廻転させ、その縁にごく硬い鋼鉄を当てると硬い方の鉄が容易に截断《せつだん》される。この不思議な事実を研究した学者の説によれば、鉄と鉄との触れる処は摩擦のために高熱を生じ鋼鉄が熔けて行くためであるという。

      蜂の智恵

 仏国学士院の報告中にボンニエーという人が次のような実験の結果を述べている。一日庭に角砂糖をいくつか出しておいたら、やがて一群の蜜蜂がこれにとまってしきりに骨折っていたが、堅くて喰い欠く事が出来ぬと見えて一時飛び去ってしもうた。少時《しばらく》して後、今度は泉水のある処から水を含んで来てそれで砂糖を溶かしその汁を吸うて巣に帰った。
[#地から1字上げ](明治四十一年六月十九日『東京朝日新聞』)
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         八十五

      天然色活動写真の発明

 活動写真を見て遺憾に思う事はこれに天然の色彩の欠けている一事である。しかるに近頃アルバート・スミスという人が天然色の活動写真を発明してこの欠点を補うに到った。尤も以前にアイヴスという人が三色写真を応用して三色の活動写真を一つの障子に重ね映じた事はあったが、何分にも三個の器械を合せ用いるには種々の困難があって到底広く実用に適するに至らず、そのままになっていたのである。しかるに今度スミス氏の発明したものでは、たた一つの幻灯器に一枚の長いフィルムを使って天然色を現すのである。その法は先ず実物の刻々の写真を感光膜に写す際、交互に赤と緑の障子を使って
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