ような箱から管が二本出て口と鼻とに連絡し、巧みに弁の作用で、一方から新しい空気を送り、他方に呼気《いき》を出すようになっている。いったん吸うて出した汚れた空気は、背嚢に帰って苛性加里《かせいカリ》で清浄にされ、再び用いられる。なお不足な空気は箱の一部に圧搾した酸素が必要に応じて少しずつ補われる仕掛けになっている。この器を用うれば五時間くらい毒瓦斯の中で働いても差支えがないという事である。
[#地から1字上げ](明治四十年九月二十九日『東京朝日新聞』)
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         九

      心臓の鼓動

 犢《こうし》から取った血清を水に浸しておくとその中の塩分がだんだんに脱けて来る。遂に〇・六プロセントくらいになったのを蛙あるいは亀の心臓に注入すると、その心臓の鼓動が全く止まって一時間くらいは動かないでいる。この鼓動の休止中何か他から刺戟を与えると、一回あるいは数回強く鼓動してまた静止する。これらの試験の結果から考えると心臓の鼓動するのは塩のごとき化学的の刺戟物が心臓の神経に作用するためで、この種の刺戟がなければ自ずから鼓動する事は出来ぬだろうという。これはある学者の新説である。
[#地から1字上げ](明治四十年九月三十日『東京朝日新聞』)
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         十

      新奇な風見鴉《かざみがらす》

 これは倶楽部《クラブ》あるいは宿屋の室内に粧飾用を兼ねて据え置き、時々刻々の風の方向を知らせる器械である。一見置時計のような形をしているが、その前面の円盤には羅針盤と同じように方角を誌《しる》し、その周囲には小さい豆電灯が一列に輪をなして並んでいる。もし北風ならば盤の北と誌した針のさきのランプが光っている。南ならば南、西北なら西北といつでも風向に応じて盤の豆ランプが点《とも》るのである。内部の仕掛けは簡単なものでただ屋根の上に備えた風見鴉から針金を引き電池一個を接続すればよい。店先きに備え付けて人寄せの広告などに使ったら妙だろう。
[#地から1字上げ](明治四十年十月一日『東京朝日新聞』)
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         十一

      磁力起重機

 強い電磁石を使って重い鉄片などを吸い付けて吊し上げ、汽車や汽船の荷上げや荷積みをする器械が近来|処々《しょしょ》で用いられる。今度米国の某鉄道会社で試験した結果によれば
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