偽だと決定した。こんな話が新聞に出ていたそうである。新聞記事の事だから事がらの真相はよくわからない。ただこれに似た事があったらしい。
 こういう現象は古今東西を問わずよくある事である。何かしらうまい神秘的な金もうけはないかと思って捜している資本家の前に、その要求に応じて出現するものである。悪魔でも呼び出さない人の前にはそう無作法には現われない。
 欺くほうもあまりよくはないが、欺かれるほうもこの現象の第一原因としての責任はある。もし現代の科学を一通り心得た大岡越前守《おおおかえちぜんのかみ》がこの事件を裁《さば》くとしたら、だまされたほうも譴責《けんせき》ぐらいは受けそうな気がする。
 しかしそんな事は自分の問題ではない。ただちょっと考えてみたくなる事が一つある。
 警視庁で実験をやり始め、やりつつある間のその人の頭の中にどんな考えが動いていたかという事である。たとえそれまではパルプと真綿をすりかえる手品をやっていたに相違なくとも、その時には、やっているうちに、もしかするとほんとうにパルプが真綿に変わるかもしれないという不可思議な心持ちを、みずからつとめて鼓舞しつつ、ビーカーの中をかき
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