われなかったが警察官のいう事であるからそのとおりにむしり取ってしまった。
 人並みに草花などの種を自分でまいてみると、はじめて雑草の不都合な事が少しわかって来るような気がした。打っちゃっておくと、せっかく生長させようと思う草花がすっかり負かされてしまうので、こうなると気の毒でも雑草のほうはむしるよりほかはない事になる。雑草という言葉の意味が始めてわかって来る。
 郊外に家をこしらえた。春さきから一面にいろいろの草がはえ出る。中には花が咲きそろうとかなり美しいのもある。しかしまた途方もなく延びてしまって歩く事の邪魔になるのもある。かまわず打っちゃっておくとおしまいには家の内までも侵入しそうな勢いを示して来る。こうなるとさすがに雑草の脅威といったようなものを感じて、とうとう草刈りをはじめる決心をした。
 草刈り鎌《がま》にいろいろの種類のある事を知ったのはその時である。鎌の使い方、鎌のとぎ方も百姓に伝授を受けていよいよ取りかかった。
 刈り始めてみるとなかなか骨が折れる。よっぽど刈ったつもりでも、立ち上がって見ると手のひらぐらいしか進行していないのにがっかりした。しかしやっているうちにだんだん草を刈っている事自身の興味がわかって来て、刈ってしまう結果をあせる気がなくなって来るのを感じた。
 よく切れる鎌で薙《な》いで行くのは爽快《そうかい》なものである。また草の根をぶりぶりかき切るのも痛快なものである。かゆい所をかくような気がする。
 いろいろの草の根の張り方にそれぞれ相違のある事にも気がつく。それらの目的論的の意義を考えてみるのもなかなかおもしろい。同じ面積を、時季によってちがった雑草が交代して占有する順序もおもしろく、年によって最もよく繁殖する草の種類を異にする事や、それが人間の干渉によって影響される模様や、少し立ち入って研究したら一種の「雑草学」が成り立ちそうである。それを書くときりがなくなるからここには略する。ただ一つ頭に刻まれた問題だけを簡単に書き止めておく。
 雑草の内にはわれわれの栽培している五穀や野菜や観賞植物とよく似通ったものがはなはだ多い。もしこれらの雑草を特にかわいがって培養し教育して行ったら、何代かの後にはかえって現在の有用植物よりももっと有用なものができうる可能性はないものだろうか。
 長い間人間の目の敵《かたき》にされて虐待されながら頑強《がんきょう》な抵抗力で生存を続けて来た猫草《ねこぐさ》相撲取草《すもうとりぐさ》などを急に温室内の沃土《よくど》に移してあらゆる有効な肥料を施したらその結果はどうなるであろう。事によると肥料に食傷して衰滅するかもしれない。貧乏のうちは硬骨なのが金持ちになって急に軟化するようにともかくも軟化しそうである。そのかわりそれらの草の実がだんだん発育進化して米や麦よりもいいか、あるいは少なくも同等な穀物になりはしないか。
 もし培養のしかたによって、頑強《がんきょう》な抵抗力は保存し、しかも実の充実を遂げる事ができればなおさら都合がいい。そういう事は望まれない事であろうか。
 だれか、だまされる気でこの実験に取りかかってみる人はないものであろうか。

     六 藁が真綿になる話

 藁《わら》にある薬品を加えて煮るだけでこれを真綿に変ずる方法を発明したと称して、若干の資本家たちに金を出させた人がある。ところがそれが詐偽だという事になって検挙され、警視庁のお役人たちの前で「実験」をやって見せる事になった。半日とか煮てパルプのようなものができた。翌朝になったら真綿になるはずのがとうとうならなくて詐偽だと決定した。こんな話が新聞に出ていたそうである。新聞記事の事だから事がらの真相はよくわからない。ただこれに似た事があったらしい。
 こういう現象は古今東西を問わずよくある事である。何かしらうまい神秘的な金もうけはないかと思って捜している資本家の前に、その要求に応じて出現するものである。悪魔でも呼び出さない人の前にはそう無作法には現われない。
 欺くほうもあまりよくはないが、欺かれるほうもこの現象の第一原因としての責任はある。もし現代の科学を一通り心得た大岡越前守《おおおかえちぜんのかみ》がこの事件を裁《さば》くとしたら、だまされたほうも譴責《けんせき》ぐらいは受けそうな気がする。
 しかしそんな事は自分の問題ではない。ただちょっと考えてみたくなる事が一つある。
 警視庁で実験をやり始め、やりつつある間のその人の頭の中にどんな考えが動いていたかという事である。たとえそれまではパルプと真綿をすりかえる手品をやっていたに相違なくとも、その時には、やっているうちに、もしかするとほんとうにパルプが真綿に変わるかもしれないという不可思議な心持ちを、みずからつとめて鼓舞しつつ、ビーカーの中をかき
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