」集中の一首一首の歌にも見られるだれにも気のつく特徴と密接に連関しているものではないかと考えられるのである。
以上の匆卒《そうそつ》なる瞥見《べっけん》によっても、いわゆる短歌の連作と見らるべきものの中には非常に多様な型式が実存し、極端に単純な輪唱ふうのものから、非常に複雑で進行のテンポの急なものまでいろいろの段階のあることだけはうかがわれると思うのである。
左千夫《さちお》氏が連作の趣味を形容して「植え込み的趣味」と言っているのはなかなかおもしろいと思われる。実際多くの連作は一つの植え込みをいろいろな角度から飽かずいつまでもながめているような趣があって、この点ではどうしても静的であり絵画的である。しかし近来の連作と見らるるものの中には事件の進行を時間的に順次に描いて行く点で、たとえば活動映画的とでもいうべきものもある。そうして最後にあげた一例になると、もはや事件の報告的進行ではなくて、印象や感覚の旋律的な進行になっていて、そうしてまさにこの点で従来自分の述べて来た連句の旋律的進行とかなりまで共通な要素を備えているように思われるのである。
こういうふうに考えて来ると短歌連作と称す
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