《く》むかざの隣いぶせき」の五句のごときも、事によると一種の土臭いにおいを中心として凝集した観念群を想像させる。
 岱水《たいすい》について調べてみる。五十句拾った中で食物飲料関係のものが十一句、すなわち全体の二十二プロセントを占めている。こういうのを前記の観念群と同一視してよいか悪いかは少し疑わしいがともかくもおもしろい例である。史邦《ふみくに》の場合には「薬」も入れて飲食物と見るべきものが三十八分の三、即ち八プロセント弱である。これくらいならば普通であるかもしれないが、岱水の場合は少し多すぎるように思われる。それからまた岱水では「醤《もろみ》のかびをかき分けて」というのと、巻はちがうが「月もわびしき醤油《しょうゆう》の粕《かす》」というのがある。この二度目の月と醤油《しょうゆ》との会合ははなはだ解決困難であるが、前の巻の初めに、史邦の「帷子《かたびら》」の発句と芭蕉の脇《わき》「籾《もみ》一升を稲のこぎ賃」との次に岱水が付けた「蓼《たで》の穂に醤《もろみ》のかびをかき分けて」を付けているところを見ると、岱水の頭には何かしら醤油のようなものと帷子との中間にまたがる観念群があるのではな
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