うな例ははなはだ多い。もちろんこれに関しても何かの規約はあったかもしれないが本来は心理的の立場から説明さるべき現象である。
 以上は主として前句と後句の間の関係だけについての考察であったが、三句目四句目等に及ぼす連想の影響についても考うべき事ははなはだ多い。
 遺伝に関してアタヴィズムの現象があるように、連句の連続においてもある一句がその前句よりもいっそう前々句に似たがる傾向がある。いわゆる打ち越しに膠着《こうちゃく》し、観音開きとなって三句がトリプチコンを形成するようになりたがるものである。これはもとより当然のことである。前句の世界と前々句の世界とは部分的にオーヴァーラップしており、前句と後句ともまた部分的に重合しているのであるから単にプロバビリティーから言ってもそうなりやすいのみならず、まだその上にいっそうそうなりたがる心理がある。それは前々句と前句との付け合わせを「味わう」ことによってこの前二句の重合部が特別に後句作者の頭の中に大きくはびこってしまって、前句の世界を見ているつもりでも実はその重合部だけに目を引かれることになるからである。それでこのような打ち越しの危険を避けるために
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