、そうしてあまり成効しなかった一つの習作とも見らるるものである。
 しかしなんと言っても俳諧は日本の特産物である。それはわれわれの国土自身われわれの生活自身が俳諧だからである。ひとたび世界を旅行して日本へ帰って来てそうして汽車で東海道をずうっと一ぺん通過してみれば、いかにわが国の自然と人間生活がすでに始めから歌仙式《かせんしき》にできあがっているかを感得することができるであろうと思う。アメリカでは二昼夜汽車で走っても左右には麦畑のほか何もない所があるという話である。ドイツでは行っても行っても洪積期《こうせきき》の砂地のゆるやかな波の上にばらまいた赤瓦《あかがわら》の小集落と、キーファー松や白樺《しらかば》の森といったような景色が多い。日本の景観の多様性はたとえば本邦地質図の一幅を広げて見ただけでも想像される。それは一片のつづれの錦《にしき》をでも見るように多様な地質の小断片の綴合《てつごう》である。これに応じて山川草木の風貌《ふうぼう》はわずかに数キロメートルの距離の間に極端な変化を示す。また気象図を広げて見る。地形の複雑さに支配される気温降水分布の複雑さは峠一つを隔ててそこに呉越《ご
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