みがわら》に納涼場が開かれて、河原の砂原に葦簾張《よしずば》りの氷店や売店が並び、また蓆囲《むしろがこ》いの見世物小屋がその間に高くそびえていた。昼間見ると乞食王国《こじきおうこく》の首都かと思うほどきたないながめであったが、夜目にはそれがいかにも涼しげに見えた。父は長い年月|熊本《くまもと》に勤めていた留守で、母と祖母と自分と三人だけで暮らしていたころの事である。一夏に一度か二度かは母に連れられて、この南磧の涼みに出かけた。手品か軽業《かるわざ》か足芸のようなものを見て、帰りに葦簾張りの店へはいって氷水を飲むか、あるいは熱い「ぜんざい」を食った。この熱いぜんざいが妙に涼しいものであった。店とはいっても葦簾囲《よしずがこ》いの中に縁台が四つ五つぐらい河原の砂利《じゃり》の上に並べてあるだけで、天井は星の降る夜空である。それが雨のあとなどだと、店内の片すみへ川が侵入して来ていて、清冽《せいれつ》な鏡川《かがみがわ》の水がさざ波を立てて流れていた。電燈もアセチリンもない時代で、カンテラがせいぜいで石油ランプの照明しかなかったがガラスのナンキン玉をつらねた水色のすだれやあかい提燈《ちょうちん
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