木瓜《ぼけ》の木をやたらにたたきながら、同じ言葉を繰り返し繰り返しどなっていた姿を思い出す。その時の妙に仙骨《せんこつ》を帯びた顔をありあり見るように思うが、これはあるいは私の錯覚であるかもしれない。またある時はのらねこを退治するのだと言って、槍《やり》かあるいは槍といっしょに長押《なげし》にかかっていた袖《そで》がらみのようなものかを持ち出して意気込んでいたが、ねこの鳴き声を聞くと同時にそれを投げ出して座敷にかけ上がったというような逸話もあった。
三人の兄弟のだれと思い比べてみても、どこか世間をはなれたような飄逸《ひょういつ》なところのある点でいちばん父の春田居士《しゅんでんこじ》の風貌《ふうぼう》を伝えていたのではないかと私には思われる。
幻燈というものがまだ珍しいものであったころ、亮がガラス板にかいた絵を、そのまま紙の小さなスクリーンに映写し、友だちを集めて幻燈会をやった事もあった。つまらないような事ではあるが、そういうふうの一種のオリジナリティもない事はなかった。
たしか右の眉尻《まゆじり》の上に真紅《まっか》な血ぼくろのようなものがあって、それを傷つけると血が止めどもな
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