わく。道ばたを見るとそら色の朝顔が野生していた。……
美しい緑の草原の中をまっかな点が動いて行くと思ったらインド人の頭巾《ずきん》であった。……町の並み木の影でシナの女がかわいい西洋人の子供を遊ばしている。その隣では仏桑花《ぶっそうげ》の燃ゆるように咲き乱れた門口でシャツ一つになった年とった男が植木に水をやっていた。
測候所の向かいは兵営で、インド人の兵隊が体操をやっている。運動場のすみの木陰では楽隊が稽古《けいこ》をやっているのをシナ人やインド人がのんきそうに立って聞いている。そのあとをシナ人の車夫が空車をしぼって坂をおりて行く。
船へ帰ると二等へ乗り込むシナ人を見送って、おおぜいの男女が桟橋《さんばし》に来ていた。そしていかにもシナ人らしくなごりを惜しんでいるさまに見えた。中には若い美しい女もいた。そしてハンケチや扇にいろいろの表情を使い分けて見せるのであった。十二時過ぎに出帆するとき見送りの船で盛んに爆竹を鳴らした。
甲板へズックの日おおいができた。気温は高いが風があるのでそう暑くはない。チョッキだけ白いのに換える。甲板の寝椅子《ねいす》で日記を書いていると、十三四ぐらい
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