でも振りかけたように見える。新緑のあざやかな中に赤瓦《あかがわら》白壁《しらかべ》の別荘らしい建物が排置よく入り交じっている。そのような平和な景色のかたわらには切り立った懸崖が物すごいような地層のしわを露出してにらんでいたりする。湖の対岸にはまっ黒な森が黙って考え込んでいる。
ルツェルンも想像のほかに美しかった。ここから先の地形が、なんとなく横浜《よこはま》大船《おおふな》間の丘陵起伏の模様と似通っていた。とある農家の裏畑では、若い女が畑仕事をしているのを見つけた。完全に発育している腰から下に裾《すそ》の広がった袴《はかま》を着けて、がんじょうな靴《くつ》をはいて鍬《くわ》をふるっている、下広がりのスタビリティのよい姿は決して見にくいものではなかった。ここに限らず女の農作をしているのを途中でいくらも見かけたが、派手なあざやかなしかし柔らかな着物の色がいずれも周囲の天然によく調和していた。そして遠くから見ると日に焼けた顔の色がどれもこれもまたなんとなく美しく輝いて見えた。このへんの風物に比べると日本のはただ灰色ややに[#「やに」に傍点]色ばかりであるような気がした。
バーゼルからいよ
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