草の花などが咲いていた。
十一時の汽車でミラノへ向かう。しばらくは山がかった地方のトンネルをいくつも抜ける。至るところの新緑と赤瓦《あかがわら》の家がいかにも美しい。高い崖《がけ》の上の家に藤棚《ふじだな》らしいものが咲き乱れているのもあった。やがてロンバルディの平原へ出る。桑畑かと思うものがあり、また麦畑もあった。牧場のような所にはただ一面の緑草の中にところどころ群がって黄色い草花が咲いている。小川の岸には楊《やなぎ》やポプラーが並んで続いていた。草原に派手な色の着物を着た女が五六人車座にすわっていて、汽車のほうへハンカチをふったりした。やがて遠くにアルプス続きの連山の雪をいただいているのも見えだした。とある踏切の所では煉瓦《れんが》を積んだ荷馬車が木戸のあくのを待っていた。車の上の男は赤ら顔の肩幅の広い若者でのんきらしく煙管《きせる》をくわえているのも絵になっていた。魚網を肩へかけ、布袋を下げた素人《しろうと》漁夫らしいのも見かけた。河畔の緑草の上で、紅白のあらい竪縞《たてじま》を着た女のせんたくしているのも美しい色彩であった。パヴィアから先には水田のようなものがあった。どんな寒
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