げの立派な顔をしゃくって 〔Glu:ckliche Reise !〕 などと言った。
ハース氏は、イタリアの人足はずるくて、うっかりしていると荷物なんかさらわれるからと言って、先に桟橋《さんばし》へおりた自分らに見張り番をさせておいて船からたくさんのカバンや行李《こうり》をおろさせた。税関の検査は簡単に済んだ。自分がペンク氏から借りて持って来た海図の巻物を、なんだと聞かれたから、いいかげんのイタリア語でカルタマリーナと答えたら、わかったらしかった。
ホテル・ロアイヤールというのの馬車でハース氏の親子三人といっしょに宿へ着いた。ハース氏が安い部屋《へや》をとかけ合ってくれて、No.65 という三階の部屋へはいる。あまり愉快な部屋ではない。窓から見おろすとそこは中庭で、井戸をのぞくような気がする。下水のそばにきたない木戸があって、それに葡萄《ぶどう》らしいものがからんでいる。犬が一匹うろうろしている。片すみには繩《なわ》を張って、つぎはぎのせんたく物が干してある。表の町のほうでギターにあわせて歌っている声もこの井戸の底から聞こえて来た。遠くの空のほうからは寺院の鐘の旋律も聞こえていた。
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