をやっている。まん中には立派な顔をしたトルコ人だかアルメニア人かがゆるやかに櫂《かい》をあやつっている。その前には麦藁帽《むぎわらぼう》の中年の男と、白地に赤い斑点《はんてん》のはいった更紗《さらさ》を着た女とが、もたれ合ってギターをかなでる。船尾に腰かけた若者はうつむいて一心にヴァイオリンをひいている。その前に水兵服の十四五歳の男の子がわき見をしながらこれもヴァイオリンの弓を動かしている。もう一人ねずみ色の地味な服を着た色の白い鼻の高い若い女は沈鬱《ちんうつ》な顔をしてマンドリンをかき鳴らしている。船首に一人離れて青い服を着た土人の子供がまるで無関係な人のようにうずくまっていた。このような人々の群れの中にただ一人立ち上がって、白張りの蝙蝠傘《こうもりがさ》を広げたのを逆さに高くさし上げて、親船の舷側から投げる銀貨や銅貨を受け止めようとしている娘があった。緑がかったスコッチのジャケツを着て、ちぢれた金髪を無雑作《むぞうさ》に桃色リボンに束ねている。丸く肥《ふと》った色白な顔は決して美しいと思われなかった。少しそばかす[#「そばかす」に傍点]のある頬《ほお》のあたりにはまだらに白粉《おし
前へ 次へ
全54ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング