まま南天《なんてん》の枝にかかっている紙のてるてる坊さんに祈るように思う。雨の日の黄昏《たそがれ》は知らぬまに忍び足で軒に迫ってはや灯《ひ》ともしごろのわびしい時刻になる。家の内はだんだんにぎやかになる。はしゃいだ笑声などが頭に響いてわびしさを増すばかりである。
姉上に、少し心持ちが悪いからと、言いにくかったのをやっと言って早く床を取ってもらって寝た。萌黄地《もえぎじ》に肉色で大きく鶴《つる》の丸《まる》を染め抜いた更紗蒲団《さらさぶとん》が今も心に残っている。頭がさえて眠られそうもない。天井につるした金銀色の蠅除《はえよ》け玉に写った小さい自分の寝姿を見ていると、妙に気が遠くなるようで、からだがだんだん落ちて行くようななんとも知れず心細い気がする。母上はもううちへ帰りついて奥の仏壇の前で何かしていられるかと思うとわけもなく悲しくなる。ねえさんのうちがにぎやかなのに比べてわが家のさびしさが身にしむ。いろんな事を考えて夜着の領《えり》をかんでいると、涙が目じりからこめかみを伝うて枕《まくら》にしみ入る。座敷では「夜の雨」をうたうのが聞こえる。池の竜舌蘭《りゅうぜつらん》が目に浮かぶと、
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