《やそ》の寝像のガラスぶたには多くのくちびるのあとが歴然と印録されていた。
通例日本の学者の目に触れるロシアの学者の仕事は、たいてい、ドイツあたりの学術雑誌を通して間接に見るだけであるが、科学の国としてのロシアの独立なる存在は、かの国の国是の変わった今日でもなおわれわれの目にはあまり濃厚な影を宿さなかったのであるが、今回の突然なシビリアコフ号の太平洋出現は真に閃電《せんでん》のごとく日本の学界の上に強い印象の光を投げたであろうと思われる。
ソビエト政府はこれらの学術的探険のために五百五十万ルーブリを投じたそうである。東洋の学術国日本の政府が学術のために現にどれだけの金を出しているかが知りたいものである。
新聞で見るとソビエトの五か年計画の一つとしてハバロフスクに百三十キロの大放送局を建設し、イルクーツク以東に二十キロ以上の放送局を五十か所作るということである。これが実現した暁には北西の空からあらゆる波長の電磁波の怒濤《どとう》が澎湃《ほうはい》としてわが国土に襲来するであろう。
思想などというものは物質的には夢のようなものである。半世紀たたないうちに消えてしまわなければ変化して
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