にかくこの活劇は私に色々な事を聯想させたが、しかし自然の事実からは人間の都合のいいモラルは必然には出て来なかった。
 同じ薔薇の反対の側へ廻ってみると、そこにも一疋の蜂が居た。そして何かしらある仕事をしているのであった。
 それは、さっき蜥蜴を攻撃したと同じ蜂かどうか分らないが、とにかく同じ種類のものであった。広い葉の上に止って前脚で小さな毛虫らしいものをしっかりつかまえて、それをあの鋭い鋏のような口嘴《くちばし》でしきりに噛みこなしていた。私が見付けた時にはそれがもうほとんど毛虫だか何だか分らないような団塊《かたまり》になっていたが、ただその囲りから突き出た毛束によってそう考えられたのである。断えず噛みながら脚で器用に団塊を廻して行くので、始めには多少いびつであったのが、ほとんど完全な球形になってしまって、もうどこにも毛などの痕跡は見えなくなってしまった。廻す拍子に一度危なく取落そうとしてやっと取り止めた様子は滑稽であった。蜂はやがてこの団子をくわえて飛び出そうとしたが、どうしたのかもう一遍他の枝に下りた。人間ならばざっと荷物をこしらえて試みにちょっとさげてみたというような体裁であっ
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