っとしていわゆる甲良《こうら》を干しているという様子であった。しかしおそらくそんな生温かい享楽のためではなくて、これもまたもっとせっぱつまった生存の権利を主張するために何かを期待して狙っていたに相違ない。時々のそのそ這《は》い出しては、またじっとして意地のわるそうな眼を光らせている。事によるとこれは青虫でも捜しているのではないかと思われた、もしそうだとすると有難い訳だと思った。
たちまち眼の前に一つの争闘の活劇が起った。同じ薔薇の上に何物かを物色していた濃褐色の蜂が、突然ほとんど何の理由とも分らず、またなんらの予備行為もなく、いきなりこの蜥蜴の背に飛びかかった。そして右の後脚の附根と思う辺を刺したように見えた。
しかし蜥蜴はほとんど何事も起らなかったかのように、じっとしたまま、身じろき一つしなかった。そして数秒の後にまたのそのそと這い出して一寸くらいも歩いたかと思うと立止って小さな眼を光らせていた。
どういう訳で蜂がこのような攻撃をしたか、私には少しも見当が付かなかった。人間ならば商売敵という言葉で容易に説明さるべき行為の動機が、この場合に適用するかどうか、それは全く分らない。と
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