の花鉢に近づいてその中から一輪の薔薇《ばら》を取り上げてみると、それはみんな硝子《ガラス》で出来ている造花であった。
 湖水の面一面に細《こま》かくふるえきらめく漣《さざなみ》を見詰めているうちに私は驚くべき事実に気が付いた。
 湖水の水と思ったのはみんな水銀であった。
 私は非常に淋ししような心持になって来た。そして再び汀の血紅色の草に眼を移すと、その葉が風もないのに動いている。次第に強く揺れ動いては延び上がると思う間にいつかそれが本当の火焔に変っていた。
 空が急に真赤になったと思うと、私は大きな熔鉱炉の真唯中に突立っていた。

         二

 私は桟橋《さんばし》の上に立っていた。向側には途方もない大きな汽船の剥げ汚れた船腹が横づけになっている。傘のように開いた荷揚器械が間断なく働いて大きな函《はこ》のようなものを吊り揚げ吊り降ろしている。
 ドイツの兵隊が大勢急がしそうにそこらをあちこちしている。
 不意に不思議な怪物が私の眼の前に現われて来た。それはちょうど鶴のような恰好をした自働器械《オートマトン》である。その嘴《くちばし》が長いやっとこ[#「やっとこ」に傍点]鋏
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